2023年3月28日

都市農業×大学 生産者と消費者の架け橋へ 
~大学生と農園の交流から都市農業の未来について考える~

毎週水曜日、横浜市北部にある「野彩家佐藤農園」(以下、佐藤農園)では、援農ボランティアの皆さんがにぎやかに作業しています。メンバーは通称「おじさんず」と呼ばれている男性たちと神奈川大学の「学生」です。この佐藤農園で大学生と都市農業が交じり合うことで起きていることとは何かを考えることで、都市農業の持続的な未来について探ることができるのではないか?

十日市場駅から少し歩くと、高台から農地を見渡せます

 

■佐藤農園に集まる学生たち

佐藤農園の援農ボランティアには7名のおじさんたちのほか、神奈川大学の学生が参加しています。10年ほど前、神奈川大学経営学部山岡義卓特任准教授(以下、山岡先生)は授業の一環で、佐藤農園が出店していたみなとみらいの朝市で来場客に関する調査をしていました。熱心に調査する学生に園主の佐藤克徳さん(以下、佐藤(克)さん)から、一度農園に遊びにきてはどうか、というお誘いがあったといいます。以来、山岡先生は学生たちの演習フィールドとして佐藤農園に協力してもらい、「十日市場myライス倶楽部」(以下、myライス倶楽部)の運営を手伝うようになりました。
学生たちは、日ごろの農作業のお手伝いにも積極的に参加することで、農業への知識と佐藤農園に集まる地域の方々との交流を深めてきました。myライス倶楽部の運営のほか、2年生の演習として学生が企画する「玉ねぎ収穫体験」(5月)と「里芋収穫体験」(11月)も、毎年恒例のイベントとなっています。今では演習を履修する学生だけでなく、その友人、以前に履修していた先輩、山岡先生の活動を知って来た他大学の学生なども集い、現在は毎週水曜日の農作業のお手伝いに3~5名ほどの学生が参加しいています。「援農」を通じて、おじさんたちと学生が集って日ごろの栽培管理を行い、時には収穫したものをみんなでおいしく食べてにぎやかに活動しています。

 

■都市農業を取り巻く課題とは?

山岡ゼミでは「持続可能な社会の構築の探求」を大きなテーマに、食と農の持続可能性や消費者教育に関わる研究を行っています。山岡先生に都市農業の課題について伺いました。

山岡先生:都市には人、つまり消費者がたくさんいます。「農業が身近にある」価値や「生産者が身近にいる」価値は、都市農業の多面的機能の一部ですが、それらがまだまだ知られておらず、発揮されていないと感じています。都市の人々に都市農業のことをもっと知ってもらい、その価値が発揮されることが重要で、それが将来の持続可能性(都市農業の存続)につながります。そのためには、生産者側も消費者から見た価値がまだまだアピールできていない、つまりマーケティングが十分にできていないと感じます。消費者の視点がわかるというのは都市農業生産者の大きな強みですから、そこから価値を見出すことができればと思います。

 

■震災をきっかけに強く感じた「都市農業」の価値

JR横浜線の十日市場駅から徒歩5分。農園主の佐藤(克)さんは、横浜市緑区十日市場町で先祖代々から引き継いだ土地で農業をしており、現在、援農ボランティアの方々の力も借りながら、都市農業の価値の発信に力を入れています。
大きな転機となったのは2011年の東日本大震災でした。震災直後に関東では「食料(食糧)不足」起きました。佐藤農園の直売所にも、米を買い求める人が押し寄せました。佐藤(克)さんは、「人口が集中する都市部に農業があるということの大切さを再認識し、もっと多くの人に知ってもらいたい、と強く思った」そうです。
そこで始まったのが、米作りを種まきから収穫まで体験できる「十日市場myライス倶楽部」です。十日市場は、横浜市内では数少ない米の生産地です。地域の援農ボランティアの力を借りてスタートし、現在まで続いています。

農園主の佐藤克徳さん やわらかい優しい笑顔がチャームポイントです

 

今回ピックアップするのは佐藤農園の行う「栽培・収穫体験」と、それを支える援農ボランティアに参加する大学生の存在です。

佐藤(克)さん、山岡先生、援農ボランティアの皆さんと学生の皆さん

 

■実際に学生さんに話を伺いました

今回お話を伺ったのは、神奈川大学経営学部の喜瀬晴香きせはるかさん(3年生/沖縄県出身)(以下、喜瀬さん)と佐藤結菜ゆうなさん(2年生/静岡県出身)(以下、佐藤(結)さん)。二人ともこれまで農業経験はなく、大学進学の際にも農業への関心は特になかったといいます。そのような二人がなぜ農業に関心を持ったのでしょうか。

左から喜瀬晴香さん、佐藤結菜さん

 

——— 農業に興味を持ったきっかけ、佐藤農園に来たきっかけは何ですか?

佐藤(結)さん:以前、山岡先生の講義で、農家さんから直接お話を聞く機会があり、農業に興味を持ち始めました。2年生で履修する「専門入門演習」に山岡先生の「佐藤農園で収穫体験の企画運営を行う」という内容があり、迷わず選択しました。

喜瀬さん:小さなころから自然にふれたり、体を動かしたりすることが好きで、野菜も大好きでした。それを掛け合わせたものは農業だと、地元を離れて神奈川県に出てきてから気がついたのですが、農業に触れる機会がなかなかありませんでした。ここに来たのは、実は大学の演習とは関係がなく、履修していた友人についてきたのが始まりです。佐藤農園の様子をSNSで見て「行ってみたい」と伝えたところ、皆さんが快く受け入れてくれました。コロナ禍で閉鎖的な日々を過ごしていましたが、ここに来るようになって温かい人柄のおじさんたちに囲まれてわいわい過ごせて、とても楽しいです。

 

——— これまで横浜市に農業のイメージはありましたか?

喜瀬さん:都会的なイメージしかなかったので、水田も畑もあってびっくりしました。

佐藤さん:最初は観光地などのイメージしかありませんでした。横浜市の中には住宅地、農地、工業地域などいろいろな面があるということを初めて知りました。

本当に驚いたと話すその笑顔からは「ここに来られてよかった」という想いが伝わってきます

 

昨年、喜瀬さんは主にmyライス倶楽部の運営をサポート。
また、佐藤(結)さんは演習として里芋収穫体験の企画運営を担当しました。昨年11月12日に開催し参加者は親子約10組(30人程度)。収穫前の導入には里芋豆知識クイズをして、景品には佐藤農園で収穫されたねぎをプレゼント。収穫後には畑で焼き里芋をつくって、素材のおいしさをその場で味わいました。

昨年参加した十日市場myライス倶楽部の皆さん(十日市場myライス倶楽部facebookページより)

 

里芋収穫体験に参加した皆さん(十日市場myライス倶楽部facebookページより)

 

このような生産者と消費者が触れ合う場に参加することで、二人は新しい発見や、考えの変化があったようです。

 

——— 里芋収穫体験を行ってみて感じたことを教えてください。

佐藤(結)さん:生産者と消費者が直接つながる機会は貴重だと思います。お子さんやお母さんが佐藤(克)さんにおいしい食べ方や旬の時期などの質問をして、知らないことをたくさん学んでいるのを見て、とても良い交流の場になっていると実感しました。佐藤(克)さんや援農ボランティアの皆さんが優しくてフレンドリーなのも、交流しやすいポイントだと思います。
また、里芋という野菜を収穫体験に選んだことも良かったと思います。例えばにんじん、じゃがいもなどと比べると、里芋は食べる機会が少ない野菜だと思いますし、身近な食材ではないと思います。そのため、どのように生えているのかを知らない人も多いです。実は、私もここへ来て初めて知り、葉っぱの大きさに驚きました。

里芋収穫体験の様子 大きな葉っぱが際立ちます(十日市場myライス倶楽部facebookページより)

 

——— 開催にあたって、苦労したことはありましたか?

佐藤(結)さん:新規参加者の獲得ですね。参加者の募集はmyライス倶楽部のFacebookで発信したほか、直売所や近隣のJAなどにポスターを掲示しました。その結果、参加してくれた方々はmyライス倶楽部参加者や、昨年からのリピーターが多く、ふだんから農業を身近に感じている参加者にとっても、学びを深める場になりました。もちろん、どなたに来ていただいてもとても嬉しいのですが、せっかくならば、ふだんスーパーでしか買い物をしない人や、近所に住んでいるけれど農業をよく知らない人などにもたくさん来ていただきたかったという思いもあります。広報の工夫が、今後の課題です。

喜瀬さん:私たちは”佐藤農園”自体のことをもっと知ってほしいと思っています。手間暇かけてつくられた農産物を知って、大切に味わって食べてほしいです。直売所に買いに来るお客さんが増えてくれたら嬉しいです。そのために、収穫体験やmyライス倶楽部があります。
まだまだ大量消費の時代で、お米や野菜はあるのが当たり前に思われていると感じます。一つ一つの食べ物を大切にする心が、これからもっと重要になってくるのではないかと思っています。だから、その背景にある農業の重要性をまだ知らない人たちにもっと伝えたいです。

喜瀬さん

 

——— 里芋収穫体験では面白い調査結果があったとか…

佐藤(結):はい。参加者の方に、地産地消に関するアンケート調査をしました。興味深かったのは、ふだんの買い物では「価格」を重視する人が多かったのですが、地産地消の農産物に関しては「質」や「鮮度」に関心を持っている人が多かったことです。そして、「自分の住んでいる地域の農作物を買いたい」と思うのは「子どものため」と考える親御さんが多いこともわかりました。子どもが生まれると、地産地消や産地に気を配るようになる親御さんは多いようです。
さらに、そのようなご家族のお子さんは農業体験にも興味があって、仕方がなく連れられてくるのではなく、お子さん自身も楽しんでいる様子が見受けられます。親の興味が子にも伝わり、食育につながっていることを実感します。


myライス倶楽部参加者の感想 子どもたちがどれだけ楽しく作業していたのか目に浮かぶようです

 

——— 佐藤農園での援農活動に携わって、自分の中で変わったことなどはありますか?

喜瀬さん:人と協力して、みんなでものをつくって、それをシェアすることはとても楽しくて、幸福度が高まります。ここに来る前の私は、それを求めていました。農業に携わることは今では生活の一部です。そして、人や自然とも触れ合える、いろいろなものを感じ取れる場所だと気づきました。ここでの活動は、幸せをみんなで共有できる場所です。

佐藤(結)さん:援農を通して、援農ボランティアの皆さんや佐藤農園に来てくださるお子さんや親御さんなど、人との繋がりがとても増えました。農業を通じた人との繋がりは、大量消費社会にも影響を与えるのではないでしょうか。この繋がりを絶やさないことは社会的にも重要なことだと考えています。
実は、都会の人は怖いという漠然としたイメージがありました。進学で横浜市に住んで以降、コロナ禍で人と関わることが激減しましたが、佐藤農園へ来るようになって、「最近何しているの?」「実家帰ったの?」など、ちょっとした日常の会話をできるようになりました。温かいコミュニティにいられるのがとても嬉しいです。都会の人は全然怖くありませんでした(笑)。農業が結び付けてくれた、家族のような存在です。同じような思いをしている人にもぜひ体験して味わってほしいと思います。

喜瀬さん(左) 佐藤(結)さん(右)

 

——— 大学卒業後や将来向けて考えていることはありますか?

喜瀬さん:企業インターンなど様々な体験をしているなかで、私には農業系の仕事が向いていると感じています。農業の道で新しいことを切り拓いてみたいです。進学当初から、いつか起業したいという思いがあるので、農業に携わることができたらと考えています。

佐藤(結)さん:今は公務員を目指しています。もともと、まちづくりや地域に携わることに興味があり、実際に佐藤農園に来るようになって、地域に入ってそこの人のためになる仕事をしたいという思いが強くなりました。

二人が偶然に飛び込んだ佐藤農園は、ただ農業をするだけの場ではなく、いろいろな人やコトを繋ぐコミュニティであり、農業の重要性にも気が付かせてくれた場所であり、思いがけずそこが「居場所」にまでなったお話を、キラキラと目を輝かせながら聞かせてくれました。彼女たちの将来ビジョンにもしっかり農業は組み込まれていて、今後の二人にも期待したいです。

 

■援農ボランティアに学生が参加して変わったこととは

援農ボランティアとして参加している「おじさん」たちの多くは高齢者です。もともと農業をしていた方から、サラリーマンをリタイアしてから佐藤農園で初めて農業をする方など様々。佐藤(克)さん自身がいろいろな場に出て、活動する先々で出会った人が多いそうです。
学生の参加について尋ねると、「若い人が入ってにぎやかになった」と雰囲気面が大きく変化したことが一番に挙がりました。さらに、学生はIT系の知識を持っているのでとても助かっている、といいます。myライス倶楽部のFacebookの運営や参加者への連絡、各種PRやポスター作成などを担っており、今では欠かせない存在になっています。大学生の発想とスキルは、農園と消費者を繋ぐことに貢献していると言えます。
ある方はこう仰いました。「おじさんだけの集団、若い人だけの集団はよくあるかもしれないが、年齢が孫くらい違う人と交流できるのは、年寄りとしてはとても良い刺激をもらっています。」

炉の前で暖をとりながらおしゃべり

 

■おわりに

今回お話を聞いたあと、筆者は、佐藤(克)さんと喜瀬さん、佐藤(結)さんを含めたボランティアの皆さんとお昼休憩を一緒に過ごしました。そこで見られたのは、本当に家族のように仲が良く、お互いを尊重しあって、それぞれの力を合わせて活動しているという関係性です。
大学生をはじめ若者には、若者のスキルやパワーがあります。農業に従事しなくとも、今回のような「援農」という形で若者が農業に直接関わることで、都市農業に関わる人の輪はぐっと広がります。大学生は多世代による援農コミュニティを創出するだけでなく、生産者と消費者をつなぐ架け橋になるのではないでしょうか。まだこれから様々なことにチャレンジできる若者は、そこにいるだけでも都市農業の未来を明るく照らしていると感じました。

農地から高台を望む

 

【佐藤農園の活動】

JR十日市場駅から徒歩5分。農園主の佐藤克徳さん(以下、佐藤(克)さん)は、横浜市緑区十日市場町で先祖代々から引き継いだ土地で農業をしています。恩田川沿いに、田んぼ、畑、農業用ハウスを構えて、現在、野菜はイタリア野菜などを含めを年間およそ80〜100品種ほど、お米は5品種を少量多品目で栽培。農産物は、駅近くの直売所「野彩家佐藤農園」でも販売しています。
“消費者との距離が近い”という都市農業のメリットを活かして日々、消費者の声に耳を傾けながら、都市農業の価値の発信に力を入れています。地元で採れた農産物を多くの人に味わってもらえるように、学校給食への食材提供や横浜市内のマルシェ等にも積極的に参加しています。また、飲食店とのコラボイベントや、栽培・収穫体験を企画するなど、様々な方に農業を知ってもらえるように工夫をしているそうです。

 

【十日市場myライス倶楽部】

震災をきっかけに始まった、お米の栽培体験。5~10月にかけて、種まきから収穫まで一通りの水稲栽培作業を体験できます。昨年は約30組(100人程度)が参加。圃場面積は7.21a。機械も使用しますが、まずは人の手で作業することを重視しており、代掻き※は足踏みで泥と水混ぜ合わせることからスタート。田植えでは区画の3分の2程度を手で植え、草取りも除草剤に頼らずに月2回ほど手で抜き取り、収穫では圃場の端を中心に手刈りをします。
※代掻き(しろかき)とは田んぼに水を入れ、土を砕いて均平にしていく作業。田植えの前に行う重要な準備です。今は、トラクターを使っての作業が主流で、十日市場myライス倶楽部でも、足踏み体験のあとにはトラクターを使っています。

 

佐藤農園や十日市場myライス倶楽部では、主にFacebookで情報発信をしています。

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